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大阪高等裁判所 昭和62年(行コ)36号 判決 1987年12月22日

控訴人

大阪法務局佐野出張所登記官

小川斉

右指定代理人

笠井勝彦

玉井勝洋

上田隆男

山本雅之

津中義明

被控訴人

関茂二

被控訴人

関百々子

右両名訴訟代理人弁護士

出水順

富阪毅

松本研三

東畠敏明

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人らは「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は別紙のとおり附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。[別紙省略]

証拠関係は原審記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれをここに引用する。

理由

1成立に争いない甲第一、第三号証に当事者間に争いない事実を総合すると、被控訴人らが昭和六一年七月二二日被控訴人ら主張のような家事審判(被控訴人ら申立人、昭和五七年七月二八日に死亡した長谷千代を被相続人とする大阪家庭裁判所岸和田支部昭和六〇年(家)第三九号特別縁故者への相続財産分与申立事件にかかる審判で、右亡千代の相続財産である本件土地持分権六分の五を被控訴人らに各二分の一あて分与する旨決定した昭和六一年四月二八日付審判)を原因として右土地にかかる亡千代の持分(ただし、登記簿上は二二六八〇分の一五一二〇)の各二分の一につき亡千代から被控訴人らへの所有権移転登記手続を申請したところ、担当登記官である控訴人は同年八月五日これを「事件が登記すべきものでない」との理由で却下したこと、なお本件土地にかかる亡千代の持分のその余の持分は同女より先に死亡した夫德治の他の相続人ら(代襲相続人を含む二八名の者)がこれを有していること、亡千代にはその死亡当時相続人はなかつたこと、以上の事実が認められる。

2被控訴人らは控訴人のした右登記申請却下処分は違法である旨主張するので検討する。

被控訴人らの主張は、要するに、民法二五五条には「共有者ノ一人(本件では亡千代)カ…相続人ナクシテ死亡シタルトキハ其持分ハ他ノ共有者(本件では前記德治の他の相続人ら)ニ帰属ス」と定めているが、右規定はその後昭和三七年法律四〇号(民法の一部を改正する法律)によつて新設された同法九五八条の三に基づき該部分が特別縁故者(本件では被控訴人ら)に分与された場合には適用されないから、被控訴人らの本件登記申請は受理されるべきであるというのであり(九五八条の三優先適用説)、前記審判も同旨の見解に立つものであることは前掲甲第三号証によつて明らかである。これに対し、控訴人は、亡千代の該持分は民法二五五条に基づき同女の死亡により当然他の共有者に帰属することとなる結果、本来、特別縁故者に対する分与の対象となる余地はないから、これに反する被控訴人らの本件登記申請は登記すべきでない事件として却下するほかなく、それゆえ本件登記申請却下処分は適法であるというのである(不動産登記法四九条二号。二五五条優先適用説)。

3そこで按ずるに、当裁判所は以下のような理由により二五五条優先適用説を採用するのが相当であると考える。すなわち、

(一)  まず、民法二五五条が「共有者ノ一人カ…相続人ナクシテ死亡シタルトキ」という場合の「相続人」とは同法五編(相続編)二章(相続人の章)所定の諸条によつて定められている相続人を指すと解するほかなく、右諸条所定の親族関係を前提としないこと明白な特別縁故者をこれに含ませることは文理上困難である。したがつて、共有者の一人が右にいう「相続人」なくして死亡したときは、該持分は当然他の共有者に帰属するのであり(ただし、その帰属時期が相続人不存在確定の時か、該共有者死亡の時に遡ぼるかは暫くおく。)、これが同法九五八条の三所定の特別縁故者に対する分与の対象となしうる「清算後残存すべき相続財産」となる余地はないと考えられる。これに反し、いま被控訴人ら所論の九五八条の三優先適用説を採るときは、前記二五五条所定の「共有者ノ一人カ…相続人ナクシテ死亡シタルトキ」を「共有者の一人が死亡しその相続人の不存在が確定したうえ、さらに特別縁故者に対する財産分与がなされなかつたことが確定したとき」と解さざるを得ない結果となり、右法条の文理を超えるというほかない。特別縁故者とされた者が結果として相続財産の分与を受け得る地位にあることのゆえに、直ちに、特別縁故者を「相続人」と解し、またはこれに準ずる者と解することは相当でない。

(二)  また、前記両法条の立法経過をみても、一般に、既存の法条の解釈について、後日新設された法条ないし法制度のゆえに従来行われていた解釈を変更するのを相当と解するためには相応の合理的理由が必要であると考えられるところ、本件二五五条と九五八条の三との関係については必ずしもこのような解釈変更の相当性または合理性があるとは即断し難い点も存すること後記(三)後段に説示するとおりである。かえつて、新設法条のゆえに既存法条の従来の解釈が不相当ないし不合理となるような場合には立法者において該既存法条の改正または適用除外法条の新設がなされるべきものであると考えるのが法文の解釈上の一般的手法であると思われる(このような例として、控訴人が当審における主張の三3(二)において援用する昭和五八年法律五一号すなわち建物の区分所有等に関する法律の改正による二四条の新設参照)。

(三)  もとより特別縁故者への相続財産分与制度新設の趣旨は遺贈ないし死因贈与をなさずに死亡した者の合理的な意思をそんたくし遺言制度を修正補完するものである。また、現実の分与にさいしては家庭裁判所の関与を必要とする等(いわゆる分与相当性の判断の必要性)、相応に慎重な手続を定めていることも九五八条の三の文言に照らし明白である。したがつて、法は、その限りにおいて、慎重な手続のもとで特別縁故者に対しては事実上相続人と同様の利益ないし法的保護を与えているものと解しうるところである。したがつて、特別縁故者の右のような利益は二五五条所定の他の共有者のそれに優先させて然るべきであるように一応思われなくはない。しかし、他方、右分与制度は、また、相続人なき死亡者の私有財産(遺産)が所定の特別縁故者をさしおいて直ちに国庫に帰属することの不条理を排除する趣旨をも含むものであつて、このような特別縁故者財産分与制度の趣旨を彼此総合すると、この分与制度が以上のような趣旨のほか、さらにこれとは別に、本件のような民法第二編(物権編)所定の共有者が二五五条によつて享受する法的利益をも不条理なものとし、この利益を特別縁故者の前記利益に劣後させようとする趣旨までも含むとは直ちには解し難いところである。

(四)  もつとも、ひるがえつて、二五五条の趣旨を考えるに、同条は、相続人なき共有者が死亡したとき同人の持分が国庫に帰属するとなれば、その物につき国と他の共有者との間に共有関係が生ずることとなり、徒らに権利関係を複雑化し、国の財産管理上の手数も生ずることをも慮つたものと解しうる余地が存し、これによれば右二五五条によつて受ける他の共有者の法的利益をしかく重視する必要はなく、かえつて九五八条の三によつて受ける特別縁故者の法的利益を優先させるのが相当であるかのように思われないではない。しかし、共有物はいつでもこれを分割することができるのであるから(民法二五六条以下)、前記のような二五五条の政策的立法趣旨を根拠にして右のように解することは相当でないと考えられる。

(五)  またいまもし九五八条の三優先適用説に立てば、相続人のない持分権者が二五五条の定めるとおり自己の持分権を他の共有持分権者に帰属させたいと欲するときは、遺贈または死因贈与等格別の措置を必要とすることとなるのであるが、このようなことは法の規定により当然に生ずる法律効果を求める被相続人にとつて予期に反し、かつ、不測の負担を課するものであると解される。

(六)  以上の説示に反する被控訴人らの所論は上来説示の理由によりこれを採用することができない。

4そうすると、共有者の一人が相続人なくして死亡したときは該部分は当然他の共有者に帰属するのであつて、これが特別縁故者に対する分与の対象となりうる残存相続財産であると解する余地はないと考えられる。

したがつて、これと同旨の見解のもとに、被控訴人らの本件登記申請を「事件が登記すべきものでない」との理由で不動産登記法四九条二号に基づき却下した控訴人の処分は適法であり、その取消しを求める被控訴人らの本訴請求は失当として棄却すべきである。

5よつて、これと異なる趣旨の原判決は取消しを免れず、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官今富滋 裁判官畑郁夫 裁判官遠藤賢治)

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